kenoブログ

**イエスキリストは私の主です**

スケート/モリコロ(ジブリパーク)へ

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 行きました。

10時から1時半くらいまで滑ってました。

 テキトーに子供や若者を相手にして遊んでました。


平日。写真は使いまわしの過去のものですが、今日もこんな感じでガラガラでした。

中央リンクはいつもフィギュアの練習生。


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 今回の耳鳴りはしつこい。

いまだに激しく爆音状態。

 毎度ながら、自分、よくおかしくならないなと思う。

それほどの爆音耳鳴り。

 精神面に、じゅうぶんに悪影響はあるんだけど。

もともとバカなのが幸いしてるんだと思われる。

 きちょうめんで繊細な性格だったら鬱になってるんじゃないかと思う。


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 スマホの調子が悪い。すでに9年使ってるやつだから、壊れてもしょうがない。

メーカーからは「もうその機種の修理はしてません」の通知がとっくに来ている。

SIM(?)を読み込みミスするようだ。

スケート場で本体が冷えると「インターネットにつながってません」と表示される。

 帰ってきてあたためてやったり、SIMカードをいったん出し入れすると復活する。

そろそろ買い替え検討か。カネかかる。

 ネット使うのはLINEでの通信と、重要なのが「音声テキスト化」。これがないと会話は筆談になる。あとはニュース見るくらいだからどうでもいい。カメラはネット関係ないし。

 まだもう少し様子見。


 カネかかるといえば、先日税金振り込み用紙が来てた。

市民県民となんやら税で2万飛んだ。

 こういうのはさっさと払い込む。コンビニが近いのが便利だ。

年金、天引きもあるのに、キビしい。


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 それら以上に、孤独感がハンパない。

寂しいというよりも、精神にダメージが直接的に来る感じ。

 なにがどうなってるのかわからなくなりそうな。

なんでここに自分一人しかいないのかが理解できず錯乱しそうだ。

 かなりよろしくない。

 

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 気晴らしにどっか行くのの抵抗がもうひとつあって、

自分は、風景にはあまり感動しない。

 スキーに行くと、息子は雪山に感動していた。

妻もしばらく見入っていた。

 妻はドライブなどでもじっと立ったまま風景をながめてることがあった。

伊良湖に行くとしばらく海を遠く眺めていた。

私はあまりそういうのなかった。

 山も海も行くのは好きだけど、風景ってとくに感動がない。

個人差(個体差)だ。

 フェリーで北海道も、目的は船と道内の乗り鉄。

きっと「北海道の大自然」はあんまり関係ないと思う。

 つまらん男だな。

北海道最高峰の旭岳に登った時も、利尻島の利尻山に登った時も、それなりに良い眺めだったけど、とくにそれ以上の感動はなかった。

 つまらん男だと思う。

だもんで、耳が聞こえないことで鉄輪の響きの無い「乗り鉄」も汽笛と波と風、港の音がない「フェリー」もおもしろくないだろう。

 あかんわ。


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 一時期、3Dプリンターに興味があった。

3Dソフトは使っていたから、3Dの現物を作ってみようと思った。

 だがしかし「たぶん1か月で飽きる」でボツ。


 今は、ふたたび AI 動画生成しようかと思っている。

かつてサブスク契約で使っていた pixverse が慣れている。

 今のレートで月3800円のプランでいい。

「あかし」動画作るのに便利。

 また、自作(創作)ストーリー物も作ってみたい。

これ現時点で最有力候補。


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 どうなるかはわからん。

耳鳴りがひどい

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 これでは気晴らしにどこかに行く気にもならない。

東京から上野間の何本あるかわからん線路と今は新幹線もすぐ横を走り、さらには千葉方面から中央線方面への総武線が直角に交差する秋葉原駅下のガード並みの騒音だ。

 昨日の記事で秋葉原を扱ったから思い出したのですが、私の記憶ではあそこが一番電車がたくさん走っててうるさい所と思います。

 調べたら現在の駅風景になったのは2005年(平成17年)だそうだ。

私の記憶は「秋葉原の電気街」、昭和の時代だ。

 中学生のオレには夢だった。

コンポーネントオーディオの全盛期で。

「2トラ38(ツートラサンパチ)」のオープンリールデッキはあこがれだったなあ。


これは35歳ころかな。

 カルト団体を脱出してアパートに住んでた。

娘のために作ったジェニーの部屋にも、どーんとコンポーネントステレオでした。

じっさいはこれ。

 流行りの「なんちゃってミニコンポ」ではなく、小規模ながらもフルコンポでした。

 このアンプ、低価格帯ながら、さすがマランツのアンプで、トロイダルトランス積んでました。じっさい、値段の割に音はよかったよ。上はCDプレーヤ。Wデッキはパイオニア製。スピーカーはたしかオンキョーだったような。

 カネが無い時期によくこんなもん買ったなと思う。

神様が応援してくれたのだと思う。

 マクラーレンホンダのF1カーとかボーイングの飛行機などのプラモデルもなつかしい。

・・・60歳で聴覚障害者手帳を持つようになろうとは思いもよらなかった。


新婚当時。コンポは妻が持参したもの。

 妻も音楽好きだったからオーディオにはカネかけてた。


ポルナレフのアルバムだ。

 黒猫は「おにゃあ」。

ああ、こんな懐かしい写真を並べると、オレもうすぐ死ぬんじゃねえかと思えてくる。

 いいよいつ死んでも、思い残すことなんかないし、いい人生だった。


 まだだよ。しぶとく。

「イエスキリストを信じなさい」続けます。

 帰るときはカッコよく。

これ理想。神様お願いします。

「あかし」追加しました。

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 これ。

文章でのあかしは過去にUPしたことがある内容ですが、動画にしました。

 あかしのページにも「その11」として追加しました。


 また次もUPしたいですが、いつになるかは気力(体調・精神)しだい。


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 ところで、人間て、勝手なもんで、世間とか一般論には「右にならえ」しますが、それ以外は自分の都合しだいです。

 たとえばね、宗教ですよ。

私の実家、肉の兄弟たちは草加で、活動団体である草加とケンカして分かれた寺側のケンショー会です。草加側の坊さん1人と懸賞側の坊さんが2人。いまはそんだけになった。弟と長兄がいたのだが、とっくに死んだ。

 彼らとはまったく話ができない。

論じ合うことについて、こちらはいつでも歓迎している。

「オマエの話、聖書のことを聞きたい」と言われれば飛んでいく。何時間でも話す。

逆にこちらから

「私はものごころついたときから頭ごなしに「これをおがめばよくなる。キリスト教なんか悪魔の宗教だ、あんなもの拝んだら不幸になる」と洗脳されました。兄貴たちよ、今一度わたしにあなたがたの教えを説法してほしい。もしも聖書がまちがいであると確認したなら私はキリストを捨てるから」

と24歳の時に呼びかけたのに、兄弟も両親もみんなダンマリで逃げた。坊主のひとりはこういう手紙を返してきた。

 「おまえのようなヒヨコのくちばしを折って遊ぶほど私は酔狂ではない」と。

 私はその、坊主をやってる兄(寺の住職です。今は台湾の寺にいるようだ)にこう返事を書いて出しました。

「兄よ、残念だ。あなたは僧侶だ。僧侶というのは衆生にたいして神の代理人であることを知らないわけではないでしょう。あなたの神は「私は、幼いころに理由もなしに強制されただけで、教理も知らないままだから、今一度説法してほしい」という者に、そのように答えを返すのですね。キリストはそういうことは言いませんでした。人はだれでもまちがいを犯すものです。兄貴が「あれはまちがいだった」と言うなら、私はまだ聞く耳をもっています。あれがあなたがたの神の言い分であるなら、私は今後あなた方の宗教について、今回ののやりとりを人々に言い続けることになります」と。

 もちろんそれっきりです。

そんなもんですよ。

 だから彼らとは話しはしないしできません。


 そうかに限らず、宗教はみんな同じで、自分らの教えこそ正しく崇高なものであると主張し、同調する者が「善い人」なのです。イチャモンつける者は「悪人」です。

 そこに論じ合う余地はありません。

人間のエゴとプライドだけだからです。

「おまえなんかにわかるもんか」と捨てゼリフでおしまいです。

論理的な話し合いというのは、対等な立場から「論理的な話し合いをします」という合意、あるいは決心でもいい、そういう関係で成り立つものです。


私の兄のような坊主では会話は不可能です。

「おまえのようなヒヨコのくちばしを折って遊ぶほど私は酔狂ではない」

これが草加やその分派の坊さんの言い分です。説教してくれと言った者に対して。

「聖書の話をわかりやすく解説し聞かせてください」これを言って、「あなたにはムリだろうから説教はしません」という牧師は、おそらく全国探してもまずいないと思います。

 また、もしそんなことを牧師が言ったなら、天罰が来ます。

その場ではムリで、時間の予約が必要なケースはあると思いますが。


 いや、話したかったのはそれじゃなくて、理科の実験。

私は「あかし」をUPしています。

 ひとつやふたつではないし「ふつうによくあることじゃんか」でもありません。

ひとつやふたつなら、確率的にありうることもあるでしょう。

 しかし確率計算が不可能な記事もUPしていますし、予告ホームランみたいな現象もあります。あぶなくてとてもマネできない、マネしてほしくないこともUPしています。

 聖書が真実であるかどうか。


 小学校の理科の実験では、教科書に書いてあることが事実かどうかを授業の実験で証明し、確認します。

 それで、先生がやってみてほんとにそうなると「これは事実が科学的に証明されました」として、そのように教育されます。

 根拠は「世界的にそう認識されているか」ですね。

なので、あとで覆(くつがえ)って、たまあに

「定説とされていたあれはまちがいであることが証明された」なんて事件もあるのです。


 エラい博士などが実験や理論で発表し、学会や最後は政府、世界が認めると、それは事実と認識されます。

 私の「あかし」は私にとってはもはや真実以外の何物でもありません。

聖書が真実であると霊で悟り、そのまんま行動し、結果を見ているのです。


でもみんな聖書もイエス様も信じません。

 都合が悪いからです。

世間体、会社社会、身内の宗教。

世の「科学的見地」からはバカにされる、

教会に行くと時間とカネがとられるし人々の目もある、などなど。

 都合の悪いことは「そんなものは」で吐き捨てます。

私の兄貴たち坊主と同じです。


 イエス様は死人をも生き返らせ、病人を癒し、各障害者を治しました。

また、子供や人々から悪霊を追い出しました。

 これら事実を見ていながら、都合が悪ければ「殺してしまえ」が人間のエゴです。

十字架にはりつけにして殺してしまえと群衆をたきつけたのは律法学者やパリサイ人、そして祭司たちでした。今でいえば牧師や神父、教職者たちです。

ヒラの信者から見るとエラい人たちですね。

「病気の癒しや奇跡は、現代にはありません」

「悪霊追い出しなど、オカルト的なのは異端です」

「悪魔や天使の話は教会では話してはいけません」

「聖書は牧師や教団の解釈に従いなさい」

まったくいっしょですよ。あの当時と。

 都合が悪ければ「異端」にします。


人間の罪の性質は根深いです。

 だからイエス様が宣教をはじめたときの第一声は

「悔い改めなさい」でした。


教会によって教理や教えの幅は広いです。

 牧師にも個人でクセがあります。

現在私が通ってる教会は、普通の教会ですが、バランスが良い教会です。

 安心してひとに紹介できるのはありがたいです。

教会員の方々は柔和で親切です。

 私が知る限り、お高くとまってる人もいません。

熱心すぎてこわい人もいません。

 聖書について理屈をこねるのが好きなうっとうしい人もいません。

 

 神様に感謝しています。

とりあえず教会に行ってみましょう

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 ミッションスクールの一貫校でしたか。

ならば、残りの人生のために今からでも教会に行ってほしい。

 ・・って、だれに言ってんだか。


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 スケート行きました。

今日は10時~13時まで。実際の滑走時間は2時間ちょいでした。

 帰りにカネスエスーパー寄りました。

 毎度のテキトー野菜スープ。大量に。

夕飯はカボチャとアジフライと野菜スープで。

カボチャは小皿4つに分けてます。

 アジフライ、2枚が最小単位。

以前は1枚パックがあったんだけど。

 ホッケの干物も2枚入り。

これも以前は1枚で売ってたのに。


 来週、もしかしたら東京千葉方面行くかも。

未定ですが。野田とか。