あけましておめでとうございます
2024年、世界は困難な状況に向かっていきますが、みなさまひとりひとりにおかれましては神様のみちびきによりさいわいな年となりますようお祈りいたします。
とても「おめでとう」どころではない人々が世界にはたくさんいます。
おめでとうなどと言うと石が飛んで来そうな国や地域もあります。
国内でも、悲しみに沈んでる方々もおられます。
カネなくて困窮してる方々もおられます。
イエス様はご自身を人々のためにささげるために世にこられました。
わたしを見習いなさいと言われました。
使徒パウロもキリスト者に向かっては、私のようになってほしいと言い続けました。
あなたがしてほしいように隣人にもそうしなさいというのがイエスさまの教えです。
今の世は、どうやってカネ作って人よりいい生活できるかが人生の価値観になっています。率先して、不正してでもカネに執着する見本を国のリーダーたちがやってる現状はまさに悲惨な状況です。世界がです。
私は自殺未遂の中卒です。それでも神様にたよって、イエス様に助けを求めて、いましめを守る努力をすこしばかりすれば、人生はゆたかで満足でした。
この先は知りませんが、神様の祝福がついてきます。
「世では患難がある」「あなたがたは(この世を愛する)人々にきらわれる」とイエス様は言われました。だからこそ神様が守り、神の栄光が信じる者にあらわされます。
サタンの誘惑はなんですか。イエス様を誘惑したときと同じです。
「カネやるぞ」「カネがふえるぞ」です。
聖書は言います「金銭を追い求めることがあらゆる悪の根」であると。
金持ちが悪いわけではありません。
聖書の記録ではイエス様の宣教活動も、使徒たちの宣教活動も、ささえたのは金持ちや権力者たちでした。その婦人たちがお金も身の回りの奉仕もしていたと記録されています。
現代の教会活動も、お金に余裕のある方々がささえていることが多いです。
神様に祝福されて天から与えられるお金をもって奉仕しています。
分相応が神様の秩序です。
現代は分不相応、といようよりも、とにかくカネです。すみわけとか役割分担を言うとたたかれます。ふんべつや秩序は崩壊しています。
ひたすらカネを求めるように誘導されています。サタンのまどわしです。
「実(木になる実のことです)を見ればわかる」とイエス様は言われました。
神社でいくらかの賽銭投げて手をたたく人々の中に
「私はふつうに生活ができてればいいから、問題抱えてる人や、生活が困難な人々によくしてやってください」と願う人がどんだけいるのでしょうか。
イエス様は言われました
「受けるよりあたえるほうがさいわいである」と。
神を信じることができるならば、神のいましめを守ることができます。
もしも神がいないならば、私も聖書はタダのゴミ本で、捨てます。
聖書の言うとおり「正しい者は信仰によって生きる」が基本です。
みなさまが、人々のしあわせを本気で願い、自分のうちからナンボかでも、どういう形ででも犠牲をはらう心が生じることを願います。それは神様が喜ばれることだからです。
「神に近づきなさい。 そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます」が神の言葉です。そのあとには「 罪ある人たち。 手を洗いきよめなさい」と続きます。
神様に背を向けるのは自由です。神様は悲しみ、サタンは喜びます。
みなさまに神様のみちびきがありますことを、せつに願います。
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もち食べなきゃ。
冷蔵庫で1年越しの。
今からオーブンで焼いて食べます。