耳は無くても持っておこう
耳がダメになって障害者手帳もらったのが11年前。
その前に、それまで持っていたエレキギターやエフェクト類など一式をひとにあげた。
弾いて歌っての、安価なファミリーキーボードは大阪の息子にあげた。
未練を持っててもしょうがないと、あきらめたのだ。
好きだった歌や曲も聞けなくなり、CDもひとにあげた。
そして10年たてば指も、楽器を忘れて動かなくなった。
あるとき悔しいと思った。
「指だけは動くようにしておこう」と思い立った。
それが一昨年のクリスマス頃のことでした。
楽器屋に行ったら、そのむかしエレキギターを買ったときにいた店長がそのままいて「以前お会いしてますよね」と。
約25年ぶりの再会でしたが覚えてくれていました。
その後、ヤマハのファミリーキーボードも買いました。
部屋にふたたび楽器。

30年前の部屋。下の子。

ギターの練習をはじめました。
鍵盤も、指はコード(の形)も忘れ、左手の親指小指の2本は、開いてオクターブを押さえることができなくなっていました。
しばらく練習するうちにできるようになりました。簡単なコード進行なら鍵盤位置も感覚的にわかるようになりました。
昨日の教会賛美(歌)にギターで参加の話(誘い)が来たのは2か月くらい前。
やってみようと決めて練習をはじめた当初は「やっぱ、ムリだろう」でした。
エレキギターは弦もやわらかいしネックも細くて、つまり弾きやすい。
フォークギターの弦は硬くてネックの幅は広い。苦痛、修行。
すぐに「いちからやりなおし、最初からだ。指を作る(指先を硬くする)ことから始めないとムリじゃん」と悟りました。
なんとか本番にまにあったのは「指は動くようにしておきたい」とエレキギターで練習していたからでした。それがなかったら誘いは断るしかなかったです。
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今年に入ってから、私は落ち込んでました。
最近では
「自分の愚かさは変わることがなく、まわりも、なにも変わらない。疲れた」
と、これまでにない気分になってました。
良くも悪くもですが、頑張ることはやめて、ギアを抜いてしまいました。
怠惰とかダラけた生活になるのではないです。
いっさいの頑張りや努力、精神論みたいなのを捨てました。
聖書を読むのも祈るのも気分しだいになりました。
こういう場合これまでの自分だと、すぐに「これでいいのか」と自問自答になったものですが、今は何も思わないです。
ついに精神が抜けてしまったようです。
「やっと年齢相応になったのかもしれない」
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今回の「教会の礼拝賛美(歌)でギター」のイベントは神様からのプレゼントだったと思います。「まあ、楽しめ」みたいな。
教会から「これを使えばいい」と渡されたフォークギター。
じつはちゃんと持ち主がいるそうです。
教会に来ていた学生でしたが、卒業後就職して遠方にいると。
教会にはほかにもフォークギターやエレキギターやベース、電子ドラムなどの楽器があります。かつて若者がバンドをやってました。過去に私がバンドやってた教会でも、楽器はゴロゴロ余ってて、みんな好きに使いまわしていました。私自身も使わなくなったシンセやギターを後の若者に残しました。
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「なにか趣味を持たないと、孤独感とヒマでおかしくなりそうだ」と感じていました。
自分のフォークギター買おうかなと思っています。
「耳は無くても持っておこう」と思います。
また何かイベントが発生するかもしれません。
今後なにもなくても、持っていることが生活のアクセントになる。
音はまったく聞こえないんだけど、それでも。
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~さん、コメント感謝します。
録音はなかったです。
もし録音されていたとしても、自分はその内容を確認できません。
でもそのうち、自分でなにか録音して、UPしようかなと思います。
今回、何人もから「ギターよかったよ」と言っていただいたことで、落ち込んでた私はチカラをもらいました。
信頼できる、確認してくれる人をみつけて、なにかUPできればと思います。
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