礼拝でした/ギター
礼拝でした。
メッセージ(説教)は信仰の基本を語るものでした。
難しいととらえると、すごくむずかしいことです。
信仰者にとってはそれがふつうのことなのですが。
どういうことかという説明も難しい。
「信仰という言葉の定義」にもかかわる基本中の基本ですが、未信者への、言葉での説明はむずかしい。
これ、あとまわしにします。
次の機会にでも。
今日は礼拝のプログラムの中に
「壮年会の賛美(歌)」がありました。
男たち全員(壮年しかいないので男全員(悲))が前に出て「聖歌隊のノリ」で歌います。じっさいには会衆の皆さんも歌います(と思う。私は聞こえないのでわかんない)。
今回、初めて私は
「**さん、耳聞こえなくてもギター弾けるのなら、ギター弾いて参加しませんか」という誘いにのってチャレンジでした。

フォークギターは何十年も弾いてなかったので、練習は指を(指先が硬くなるまで修行)作るところからでしたが、やることはわかってるので黙々と練習(約1か月間)してました。
自分の練習ではなんとかいけるようになったものの
「合唱のみなさんと合わせる」ことは不可能なので、バンド系女子にサポートしていただきました。テンポは肩をたたいてもらい、譜面上の進行は指差し。
耳(音)がぜんぜん聞こえない状態での参加。
言葉では説明できない難しさです。メインの伴奏であるピアノの前奏もまったく聞こえませんので、みんなが歌い始める最初のポイントもわからない。
それらを補助者の手を見て判断。
ふつう、ちょっとしたフレーズ入れる時や、曲(演奏)の途中で自分の手元(ギターならフレットの位置や弦)を見るのですが、目で曲を追うことで精いっぱいになり、自分の楽器の手元が見れない。まちがってもわからない。まちがうと、=音がちがうのでわかるのですが、耳がパーだとそれがわからない。ちゃんと弾けてるのか音量の強弱とか、つなぎに入れるフレーズはそれで音階的に合ってるのかも見えないまま「ええい行け!」でした。
こんなかんじでサポートしてもらいました。

みなさんに助けられて、なんとか無事にのりきれました。
会衆の皆さん(聞いてた側ですので女性)から
「ギターよかったよ」をいただきました。
ほっとしました。
2週間前に同メンバーで事前練習をしたときには
「聞こえないでやるのはこんなに難しいのか」と、うろたえてマトモに音が出せていなかったのですが、今回は補助をしてくださった方からも「音が明瞭に聞こえてよかった」と評価いただきました。
マイクを通してでしたので失敗が全部聞こえてしまうのでビビッてました。
拍子が6/8のスローなので、当初考えていた単純簡単なコードでのストロークが使えず、ピックでのアルペジオでしたので、練習は「いちからやりなおし」でした。
でも、今回のイベントのおかげで「ギター指」ができたのは収穫でした。
神様に感謝でした。
こういうハラハラドキドキのイベントを与えてくださいました。
終わってみれば、ちょっとだけ欲が出ました。
若い方々とバンドやりたいです。
(※「若い方々」が現在壊滅状態(悲!)です。「気持ちだけ若い方々(笑)」でいくかも)
ベースかシンセストリングスかエレキギターならありがたい。
フォークギターは修行だ。
教会にはエレドラがあって、叩ける男の子はいるものの、彼は彗星なみの周期でしか教会に来ない。残念。
ということで、楽しかったです。
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おまけ。
ピアノ伴奏は女性でした。
男でピアノ伴奏できるのいない。
私の補助をしてくださったのも女性でした。
ピアノ弾けるしバンドのココロもある女性です。
「結局女性のサポート無しでは、男だけでは賛美(歌)もできんのかい!」
というところが聖書的であり神の摂理。
1コリント 11:11
「~主にあっては、女は男なしにあるものではなく、男も女なしにあるものではありません」
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