食料品買い出し

毎度お世話になってます安いスーパー。
カネスエは安いスーパーの中では品質を保ちつつ、です。
システム化された流通や企業努力による経費の圧縮などで価格を抑えているのだと思う。
別名の同一グループ店舗を含めると愛知県を中心に100店舗ほど展開してるそうだ。
なのでゲリラ仕入れ的な激安スーパーに見る、その日によって何が激安かの楽しみは無いです。
ゲリラ仕入れの激安スーパーは、トンデモな激安野菜がある一方で、鮮度や品質、その日の品ぞろえは運しだい。総菜もたまにデタラメなのがあって楽しいけどね。
カネスエはいつ行っても同じ商品が同じように並んでる。
魚関係が弱いのは魚屋が入ってなくて、鮮魚部もたぶん無い。
店内調理を省くことで経費節減してるので、ブリの煮つけとか、焼いたサンマは無いよ。
野菜や魚、総菜はセンターからの配送に集約してることで安くしてるとのことだ。
COOP やアオキスーパーはそれがある。
だもんでときどきアオキスーパーも行くよ。
COOPは月に一回、駅前銀行ATM行ったさいに、帰り道にあるので寄ります。
COOPは鮮度・品質・品揃えがバッチリですがそのぶん高いです。
アオキスーパーはバランス的にいいかんじです。
でもやはり質素な暮らしの私は、安いカネスエがメインです。
イワシの竜田揚げ。

これはおやつで食べる。
今日は買わなかったけど、よくアジフライを買う。
毎度のことで、何を作るか調理の予定も無く買ってきてしまうので、これから考える。
とりあえず大量の野菜スープ。

日持ちさせるため、肉や練り製品は入れない。
ニラは半分をニラタマにする。
残り半分は味付肉(ギュウキンピラヤキ)といっしょに炒める。
ホウレンソウの半分はベーコンと。
残り半分は鳥モモ肉といく。
ゴーヤはニンジンの残りと小分け冷凍してる豚肉と。
ホッケはフライパンでいける。
それぞれ、早く始末しないといけないものから順に調理。
ダイコンはデカいの1本買ったので、3分の1は残してある。
オクラとベーコンでいこうかな。
ナスをどうしよう。
過去写真。みそ炒めか。

ナス買ったらショウガも買うべきだったな。
チューブのショウガしかない。
しょーがね・・
日曜日までいけるように、日持ち順に調理していきます。
買い物の内容から、手間かからずに「これを作ればいいんじゃないか」があったら教えておくれ。うまく全部使いきれるように。
すでに使い切ったのはハクサイだけです。
ニンジン1本、ダイコン3分の1、オクラ1袋(8本)、ナス大2本、ゴーヤ、ホウレンソウ。ニラは1パックが調理2回分。
ナス大2本が悩む。総量が多すぎてしまうのでピーマン買わなかった。ピーマン買っていればナスとピーマンで肉炒めが定番だったけど。
肉は今日買ったもののほかに小分け冷凍した豚肉が3回分。
冷蔵庫にはタマゴ2個。
(タマゴや基本調味料は近所のドラッグストアでいつでも調達できる)
冷凍うどん2玉。など。
今日の夕飯は、のり弁当と野菜スープなので、明日から調理開始です。
先週はタマネギ買ったけど、最小単位が1袋3個だったので、食べきるころにはカラダがタマネギ臭くなっていたのが自分でわかった。
教会礼拝行く前にフレグランス(スプレー香料/消臭)多めに使った。だいじょうぶだったかな。
教会の人たちって、良い人たちだから
「おめー、タマネギ臭いよ」とか
「タマネギ臭と香料臭が混ざって不快な臭いがする」
って愛を持って言ってくれる人がいないのだ。
それで思い出したけど、以前、もうずいぶん前だけど、教会のエレピ(電子ピアノ)弾いてちょっとだけ歌ったことがあったのさ。それを聞いていた人がいたんだけど、
「声、どう?」ときいたら「う~ん、このへんが」と譜面上を指さした。
その時の雰囲気は「ちょっと、ここが外れてた」みたいなかんじでした。
で、最近、息子に送ったのだ。弾いて歌ったのを。
返事が、
「ハラが痛くなるほどに爆笑。完全に外れて、泥酔した酔っぱらいの歌」
とのことでした。
「ヨソでは絶対歌うな」ということです。
耳が聞こえない状態で歌うと、自分では普通に歌ったつもりでも、音程は完全崩壊しているのでした。
中学生の時にヘッドホンして大音量、自分の声が聞こえない状態で曲にあわせて歌うと、それを聞いてる周りの友達は爆笑になったことがありました。
これって恐ろしいと思いました。
その場で
「完全に外れてますよ。キーがズレてるだけでなく、相対音程も崩壊してます。たぶん、耳が聞こえないから音程がまったくとれてないことがわからないのだと思う」と言ってくれないと、私はまた次の場所で機会があれば歌ってしまったかもしれない。
とんでもないオンチで。
そこが教会であれば、みんな笑いをこらえて聞くのだろう。さらに、そこでも指摘されないままだと、やがて教会外で歌ってしまい、大恥をさらすことになる。
その時点で
「なんで教会の人たちは黙ってたんだ」とちょっと疑うようになる。
やはり聖書の箴言27章でしょう。
「あからさまに責めるのは、ひそかに愛するのにまさる。憎む者が口づけしてもてなすよりは、愛する者が傷つけるほうが真実である」
現在の悩みのひとつがこれ。
このことに限らず、こういうことを家族のように言ってくれる、会話ができる友達がいない。これはさびしい。
昔はいたんだ。バンドやってたころ。40歳くらいまでは。
今の教会は、みんないい人なので、私自身もある程度はいい子でいようと多少気を使っている。もちろん良識とか秩序はあるし、キリスト教会なりに罪な会話はいかんのはあたりまえとして。
でもふつうに家族みたいには話せない。
妻が生きててくれたらな、と思う瞬間だ。
基本的にはおとなしい妻だったけど
「パパ、それちがうよ」とか
英語の解釈や、テレビタレントの名前の読みがまちがってるときなどは
「それちがう」と言ってくれた。
耳毛が出てると
「うわ、耳毛じゃん、おっさんだよそれは」
と言って、抜いてくれた。
夏場に外出するときは
「パパ、汗臭い」でシャワーしてから出かけたり。
こういうことを思い出してしまうと、気分が腐る。
悲しくなる。
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